『忘却症のための記憶』(8)

この1時間ほど、わたしは友人Zと言葉を交わしていない。かれはあてもなく車をぐるぐると走らせている。「どこにいるんだ?」。わたしたちは互いに尋ねあった。「どこにいたかは知ってるよ」。わたしは言う。「本当のことを教えろ。パイロットの奥さんに何か乱暴なことをしたんだって?」。かれは唸った。「どうして知ってるんだ?」「おれも同じようなことをずっとやってきたからな」。わたしは言う。「だから死がおれたちをどこに連れてくかは分かってるのさ」

  「メシの時間だな」、かれは言う。
  「またサーディンか?」、わたしは尋ねる。
  「何でもいいよ」、かれは答える。

 この何でもが、ただの何でもではなくなった。突然かれは車を止めて叫ぶ――ラム肉がぶらさがってるぞ!わたしたちはコモドア通りの入口にいた。ラウシュに通じる道だ。わたしたちはこの肉屋を知っている。肉屋らしくない――どちらかといえば葬儀屋――のような男だ。写真に映るためだったら、どんな葬儀でだって、どんな指導者らしい面にもなれる男だ。「パレスチナ人現象ってのは何て逆説に満ちてるんだ!」。わたしは言う。「芝居を書いてなかったのは幸運だったよ。で、この絵面の裏側を見せなきゃいけないな。作家の目ってのが指導者たちの耳と同じようにネガティヴだってことがわかったかい?連中はここにある傷ついた逆説に、ここにある中傷に魅せられてるんだ。中傷はおれたちの荒廃しきった政治的生活の中に広まってる、インフレの友として、ぶくぶくと包丁した体で、問いかけへの関心だけは縮小させて。オフィスは全部開いてるぞ、エアコンも全開だ、だけど中傷と広まった噂を店頭にずらりと並べてるだけさ。それで殉教者の商売はその中の小さな派閥相手に花盛りだ。『リストにあと20人の殉教者の名前がいるんだけど、派は分からないが武装した殉教者の小競り合いがあったって、別の派では友だちを撃つのを拒んだ戦士の処刑があったと、で、その死体は女占い師が見つけるまでは、使われてない井戸に捨てられてたと、それで……』」

 Zが話に割り込む。「今夜カメラと影のゲームを見せてやるよ」
 「興味ないよ」、わたしは言う。
 「どこで食おうか?」、かれが聞いてくる。「炭がいるし、どこかそこそこ安全な建物もな」

 わたしたちはジェット機に汚されていない、澄んだ青い空に気絶させられそうだ。この1分間、ジェット機は飛んではいない、疲れてしまったのか?

 安全らしきビルの安全らしき部屋は腹を空かせたひとびとで溢れていた。避難所からこぼれ出てきたのだ。ジェット機がいない!ジェット機がいない!そのなかのひとりが叫んだ「バフチンの本はどこだ!」。もうひとりが答える。「この部屋に住んでた評論家が持って逃げちゃったよ」。だれかがかれを貶めようとする。ほかのだれかが言う。「もう充分だ!マルクス主義とか言語学とかに興味のある生きたパレスチナ人が必要なんだとさ」。中傷を始めるにはいいきっかけだと考えたのか、ジェット機の嵐がわたしたちの上を通ったのはともかくとして、わたしたちは通りに散らばって、不在の評論家の評判を拾い集めていた。

 腹の鳴るような音――今まで聞いたことのなかったほどの。低く、遠く、深く、そして秘密めいた、まるで地球の腹から鳴っているような、審判の日の音のように恐しげな。わたしたちすべてが――殺人的音響学の権威にでもなったかのように、通常を越えた何かが、この通常でない戦争の中で起こったのだと感じている。新しい兵器が試されたのだ。この長い一日はいつ終わるのか?それが終わるとき、わたしたちは生きているのか死んでいるのか分かるのだろうか?

 肉を運んできた男が言う。「この脚どうする?」。わたしたちはみな、その貪欲な質問を無視した。しかしかれは間抜けにも同じ問いを続ける、わたしたちが切り取られた部分を集めるための助けとなる何かを探すのに忙しいというのに。かれはわたしが言うまで問い続ける。「この肉を一番近い避難所に持ってって、穴でも掘って、そこでヤッてろ。で。そいつと一緒に終わっちまえ!」

 しかしこの遠くから響く腹の鳴りはわたしたちを古代の恐怖――深く未開のジャングルから呼び出される恐怖――の中でかき乱す。Zとわたしは歩き続ける、わたしたちの恐怖に導かれて。サナヤ庭園の近くの光景は審判の日からのもののようであった。何百もの怯えたひとびとが巨大な石棺の周囲に集っている。不安げな沈黙が、あらゆる色の灰によって覆われた太陽の下で金属の重みを運ぶ。わたしたちは人混みの中に滑り込む、ぎっしると連なった肩の向こうを覗こうと場所を探す、人間の柵が恐怖や怒りとともにそこにあった。そしてわあいたちは見る――ビルディングが大地に呑み込まれていたのを。人間が地球上に月と太陽と奈落の底以外の何ものも見ることのないように作り出し、わたしたちが忘れてしまった終末へと手を伸ばすことのほかには、歩くことも読むことも手を使うことも学ばなかったかのごとく、人間性を覗きこまれた底なしの穴へと押しやってしまう、世界を待ち伏せして横たわっている宇宙的怪物の手に掴まれてしまい、あとはただこの喜劇を正当化し、始まりと終わりを結びつける何かを探し続け、わたしたちが唯一の真実から除外されているのだと想像させられてしまうのだ。

 このものの名は何だ?

 真空爆弾。*1それは目標下を全滅させる完全な空虚をつくりだし、建物を倒壊させ埋められた墓場へと変貌させる真空状態の吸引をもたらす。それ以上でもそれ以下でもない。その場所に、その下に、新しい領域下に、形はそのままに保ったままで。建物の住民たちは以前の形を保ったまま、さまざまな最期の形を迎える、窒息して、身振りして。そこで、その下で、その一瞬前がどのようなものであれ、かれらは別れを告げる間もなく肉でできた彫刻に姿を変えてしまう。眠っていたひとは眠ったまま。コーヒーを運んでいたひとは運んだまま。窓を開けていたひとは開けたまま。母親の乳そ吸っていたひとは吸ったまま。女房に乗っかっていたひとは乗っかったまま。ただ、たまたま屋根の上にいたひとは、服を埃だらけにしてエレベーターを使わずに通りに下りることになる。建物が地面と同じ高さになってしまうから。そういうわけで鳥たちは助かる、籠を屋根に乗っけているから。

 しかしなぜやつらはこんなことをしたのだ?最高司令官はそこにいた、しかしもう去っていた。でも本当にかれは去っていたのか?わたしたちの不安な問いが代々にわたってかれに向けられる。わたしたちには問いかけを問う時間はなかった。かれはそこにいたのだ。だからどうした?それでやつらに100人ものひとびとを抹殺する権利が与えられたとでも言うのか?

 もうひとつの疑問が頭をよぎる。かれは本当にジェット機や真空爆弾のような最新兵器による度重なる暗殺の企てを乗り切って生き延びてきたのだろうか?昨日、かれはアメリカのカメラの前でチェスをした、そしてベギンを気違いじみた過剰へと追い込み、かれの政治的濫用の土台を奪い、人種差別主義者との罵声の中へと追いやった――「このパレスチナ人どもは人間ではない、4本の脚で歩く獣だ」。かれはわたしたちを殺すことを正当化するために、わたしたちの人間性を剥ぎ取った。動物を殺すことは――犬であろうとも――欧米の法律では許されていないというのに。ベギンはかれの狂気と歴史を繰り返したのだ、かれはかれの兵士を、獣の狩人たちをサファリの狩場へと送った。しかし数千の叫びによって持ち上げられた数百の棺が、かれの顔に投げつけられる。「いったいいつまでだ?」。わたしたちは人間ではない、かれがアラブの首都を占領していることをわたしたちが許さないから。そしてかれは信じようとはしない、ただの人間がかれの「伝説」を止め、あらゆる価値とあらゆる人間性への罪を裁く法廷へと呼び出したことを、あらゆる時間と場所における絶対的かつ永遠の法廷へと。ゆえにかれは、かれに抵抗するひとびとを人間ではない何かに変えてしまわなくてはならなかった、かれの信じる「伝説」が尋ねうるすべての問いかけに対して窓を閉ざしてしまったあとでは。「だれが本当の獣だ?」かれがディル・ヤシンで全滅させたひとびとの幽霊――かれが時間と場所から姿を消してしまったはずの、それゆえにその不在を通して、かれに時間と場所に対するかれ自身の存在の状態を負わせしめるであろうはずの――幽霊たちがいまベギンの夢と白昼夢を急襲しているのだ。*2まさにこれらの幽霊たち――勇ましくも肉体と骨と精神をもって甦ってきた――が、いまやかれをベイルートの包囲に到らしめた。幽霊と英雄の間で、嘘つきの預言者旧約聖書――自分たちの手で人類の歴史を書くことができると考えた――にあるように、再び欺きによって包囲に到ったのだ。

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七度目に、祭司が角笛を吹き鳴らすと、ヨシュアは民に命じた。「鬨の声をあげよ。主はあなたたちにこの町を与えられた。町のその中にあるものは、ことごとく滅びつくして主にささげよ。ただし、遊女ラハブおよび彼女と一緒に家の中にいる者は皆、生かしておきなさい。我々が遣わした使いをかくまってくれたからであるあなたがたはただ滅ぼし尽くすべきものを欲しがらないように気をつけ、滅ぼし尽くすべきものの一部でもかすめ取ってイスラエルの宿営全体を滅ぼすような不幸を招かないようにせよ。金、銀、銅器、鉄器はずべて主にささげる聖なるものであるから、主の宝物倉に納めよ」。角笛が鳴り渡ると、民は鬨の声をあげた。民が角笛の音を聞いて、一斉に鬨の声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した、彼らは、男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ろばに至るまで町にあるものはことごとく剣にかけて滅ぼし尽くした。


 ヨシュアは、土地を探った二人の斥候に、「あの遊女の家に行って、ラハブとその父母、兄弟、彼女に連なる者すべてを連れ出し、彼女の親族をすべて連れ出してイスラエルの宿営のそばに避難させた。彼らはその後、町とその中のすべてのものを焼き払い、金、銀、銅器、鉄器だけを主の宝物倉に納めた。遊女ラハブとその一族、彼女に連なる者ははすべて、ヨシュアが生かしておいたので、イスラエルの中に住んで今日に至っている。エリコそ探る斥候としてヨシュアが派遣した使者を、彼女がかくまったからである。ヨシュアはこのとき、誓って言った。「この町エリコを再建しようとする者は、主の呪いを受ける」*3

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最高司令官はチェスをしていた。かれはゲームをベギンの神経――ウザイのごみ山の上の電線のごとくぶら下がった――と同様に支配していた。チェスの盤上では、公的に表明してはいないベイルートの包囲を行なう男が追い込まれていた。わたしたちの読みでは、かれが包囲を敷いたのは盤上のひと駒以上のものとしてであり、ゲーム外のキングひとつ以上のものとしてだったのだろう。映像的に言えば、かれは涙――王政の、民主制の、人民民主主義の涙の――にあふれた、1カ月前に行われたはずの追悼演説を延期させたのだ。イスラエルの攻勢がわたしたちの公的な弁士に侵略(崇高な無関心によって祝福された)の可能性への不安をなくさせて、ガリレーの子がガリレーを持ち続けるという、軍に対するガリレーの安全の保証があってからは。

 その直前かれはここにいたのか?かれはこの場を去ったのか?

 たまたまかれの護衛のひとりに会った、わたしに嘘をつくようなやつではない。そしてわたしはいっそう滅入ってしまう。「かれはいませんよ」、かれはささやく、「かれは去りました」「そしてあなたもここを出ないといけません」、かれは付け加えて言う。「こんな群集こそが空の狩人に、また襲おうとする気分をかき立ててしまいますから」
 
 数日前に機構の事務所でわたしの前に駆け寄り、耳元でささやいたのと同じ若者だった。「一緒に来てください!」。わたしは何かを期待したが、それが司令官と一緒に座っているドイツ風の面持ちのこの男と差し向かいになることだとは思わなかった。「わたしを覚えてますか?」、かれは聞く、「ウリです」。わたしは怒っていた、それでも冗談めかして言った。「何!イスラエルベイルートを征服してしまったのか?それともきみは囚人になってしまったのか?」。「どちらでもありません」、かれは答えた。「アシュラフィーヤからアラファト氏にインタビューするためにやって来たのです」。わたしの怒りはいや増しになったが、何も言わなかった。ベイルートには世界中の報道機関が多くのジャーナリストを置いている。だれか特定のジャーナリストとのインタビューがいま必要なのか?すべてのテキストにはコンテキストがある。そしてこのテキストにはコンテキストがないのだ。

 しかしアラファトには情報を管理しようとする別の視点があった。おそらくかれは直接にメッセージを送り、ベギンをより深い狂気の中にのたうち回らせたいのだ。かれは、動揺したイスラエルの市民に送ろうとしているメッセージよりも遥かに落ち着いていた。ジャーナリストが、ベイルートを去った後どこへ行くのかを尋ねたとき、かれはためらわずに言った。「わたしは自分の国に行くのです。わたしはエルサレムへ行く」。わたしはイスラエル人ほどにはこの演説に感銘を受けなかった。かれの目は恥の涙に溢れていた。「そうでしょう?」、アブ・アマルが付け加えた。「どうして自分の国に行こうとしないものでしょうか?どうしてあなた方にわたしの国へ行く権利があるのに、わたしにそこへ戻る権利がないというのですか?」

 沈黙。

 対話は終わった。女性カメラマンとジャーナリストの女性アシスタントは、この伝説の敵の顔をさらに真剣に見つめていた。ひとりが聞いた。「あの有名なカフィア*4はどうしたの?」。「そこら中にありますよ」、わたしは答えた。「今は戦闘中ですから、戦闘帽を被ってますけどね」。かの女はさらにかれに近付いた。

  「かれは魅力的ですか?」、わたしは尋ねた。「独身ですよ」
  「ええ」、かの女は答えた。「とても魅力的」

 わたしからすれば、インタビューは嫌いだ、それとアパートの大家の不誠実さが。かれは家族をイスラエルのカメラの前に晒したのだ、かれのそこの家族に、かれのここでの幸せな写真を見せようというだけの理由で。わたしは自問する。「何を待ち望んでいるかを知るのはわたしたちの義務だ。それは故郷のことなのか?故郷の外にいるわたしたちの写真?それともわたしたちが故郷を求めている写真が故郷の中で見られること?」

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Sはどこだ、わが近所の雄弁な雄鶏は?ピストルと言葉と露わな肉体に愛されたものは。この2日間わたしはかれと会っていない。食べ物と水を見つけることができただろうか?それが気がかりだ。わたしがかれを自分の翼の下に連れて来てからというもの、かれはわたしと二人のときは滅多に口を開かなかった。たぶんわたしのことを父親だと信じているのだろう。かれは包囲以前に住んでいた場所から近所に移ってきて、カルディア*5系のレバノン人の若者たちと一緒に家を借りた。カルディアの仲間たちはどこにいるのか、そしてSはどこだ?クルドか?かれらは包囲の最初の日に友人となった。その中のひとりは筋肉のように張りつめていて、ほかのものたちは月のごとく冷静だった。SはいつもJを探していた。一方でJは、かれを殉教者たらしめるために、この世から消えてしまう方法を探していた。かれらは会うといつも、互いに罵り合い、それから連れだってハムラの通りを歩いた。武器と自負とで完全武装して。あたかも空気自体を、敵の侵入と反革命から守っているかのように。

 わたしはSのことを、数年前の何か不明なものへの警戒体制の時に見いだしてからずっと好きだった。とんでもない照れ屋で、会話に挑もうとするだけで神経質になってしまう。確固とした態度で厳格で、自分の考えやものごとへのあらゆる姿勢において、自分を安売りするようなことはしなかった。かれは自分の中の奇妙な世界を隠そうとはしないが、枕元の紙っきれだけは別だった。雄弁が溢れ出す夢想家。わたしには、かれの中の小説家がどこで生まれ、かれの中の詩人がどこで終わるのかは分からない。かれは夜通しの嵐の中のベイルートで文化的生活を奪われてきたのだ。かれは書いたものを凶暴なほどに守ろうとする、時には拳を使ってでも。かれは評論家の間で交わされる話など信じていないのだ、ただの無駄口だとみなしている。ピストルを手に人目を引く筋肉で、かれは適当なコーヒーショップに入る、横になって、日刊紙の文化欄を書いているようなけちな評論家を待つ。そして評論家たちがかれに向けて書いたことについて、自分の言葉を切り刻んで出すことはしないのだ。あるときわたしはかれに言った。「ウラジミール・マヤコフスキーゴーリキー通りで同じように評論家をもてなしたんだよ」。「これが批評への、唯一の真の批評のやり方ですから」、かれは答えた。

 Sは戦争に意気揚々だった――混沌に満ち、それと同盟さえ組んだかれの抑圧された暴力を許してくれたから。戦争の中でかれは自分の馬に自由な手綱を与え、埃ではなく銃弾を撒き散らす蹄の歌を抜き放ったのだ。そして戦争の中でかれは古代の山岳の時代へと戻っていく、彼方のダンスを生む羊飼いのパイプへと、自尊心と最初の武装した騎士の煌きを帯びた騎士道と剣戟の音へと戻っていく。まもなく、戦争の中でかれは気づく、戦場の風がかれを解き放つことはなく、すでにそこを通り過ぎてきた敵とのフェンシングにおいて新しい剣を抜くことはないのだと。そしてかれは理解しないのだ、かれは、作家がなぜ戦争の中でも書くのかということを理解しないのだ。だれが、力だけがものを言う瞬間に、かれらになど気を払うものか?ピストルを叩いてかれは脅す。「おれたちは勝つ!おれたちはやつらの鼻を泥に押しつける!」。かれは自分が勝つのか負けるのか知らない――もともとかれは負け戦の子であり、そして息子は目算に逆らって生まれてくるのだけど。かれにとって意味があるのは挑戦であり、馬上槍なのだ。

 Sはドン・キホーテとサンチョの間のどこかに立っている、敵を間近に迫った抽象へと変えながら。かれは愛国的熱情の発作に塗れ、自分自身をボールのように丸め、引き伸ばし、張り詰めさせて、あらゆるものを打ちのめそうとする。しかし、その時かれは自分をJの影響下に置いていた――思慮深く、詩の叙情の敵であり、哲学的真実の追求者であるJの。Sは水と肉と女性の全面的な欠乏のただなかで、「比類なき美の女性」を見いだしたのだ。気をつけろ、S、かの女はおまえの爺さんドン・キホーテのつくり出したもので、真夏日の熱気の中の渇きで裂けた魂のひびから生まれたトカゲの子なのだ。かの女の声は、廃墟に囲まれた自然の中の乾いた植物の声なのだ。それでもSは、大きくそして後戻りのできない飛躍を、自分自身の真実から切り離された自己変貌の方向へと行なってしまった。騎士がその遊歴の中で見失ってしまったものを達成しようとする喜劇の中へと深く突入してしまった――ひとりの女へと。

 いまどこにいる、S?破片がかれを追いつめてなどいないか、それともかれは自分で鶏を追いつめて、かれの「比類なき美の女性」への贈りものにしようとしているのか?

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*1:以下の引用は"Israel in Lebanon: Report of the International Commission to Enquire into Reported Violation of International Law by Israel during Its Invasion of the Lebanon<「レバノンにおけるイスラエル――レバノン侵略期におけるイスラエル国際法違反に関する国際委員会の報告」>からのものである<86ページ、47ページ>。「委員会は『気化燃料爆弾』『震動弾』『真空爆弾』などと呼ばれる兵器が少なくとも一回、IDF<イスラエル国防軍>によって使用されたとの証拠や証言を受け取っている、この事象は、この兵器がサナヤ庭園付近でのわずか2発の使用で、近隣の物体の破壊を伴うことなく、驚くほどの完全な破壊を行うという結果をもって、多くの人々に警告をもたらした。この兵器の成果と効果についてはいくつかの解説がある<マイーア・コーエン"Ha'aretz"紙1982年9月12日号、ロビク・ローゼンタール"Al-Hamishmar"1982年8月11日号、ジョン・ブロック"Daily Telegraph"1983年8月9日号参照>。さらに、「1982年8月6日、西ベイルートのサナヤ庭園付近での8階建マンションの爆破については、多くの信頼できる近隣や現場からの報告がある。委員会は現地――いまは巨大なクレーターとなっている――を訪れ……、PLO代表部がこの建物内に位置していたのではなく、むしろこの地域が本来の市民の住居地域であり、250人と推測される人々が廃墟の中で死んだという証拠を受け取っている」

*2:メナヒム・ベギンは<1948年4月9日の>ディル・ヤシン虐殺のとき、民兵組織「イルグン・ツヴァイ・レウミ」の指導者だった。Smith,p143によると「ディル・ヤシンの村はエルサレム街道を見下ろしていた。しかしそれは明らかにハガナの不可侵条約の範囲内であった。しかしながらイルグンとLEHI<レヒ>の共同部隊は村を襲い、レジスタンスを鎮圧後、250人の男、女、子どもを虐殺し、切断した遺体を井戸に詰めこんだ……ディル・ヤシンの意義とは、その実際の災難を遥かに越えたものであった」

*3:ヨシュア記、6:16-22New English Bible、日本語訳は新共同訳聖書「ヨシュア記」6:16-26

*4:訳注;イスラム男性が着けるスカーフ

*5:カルディア人は東方聖教会のネストリウス派に属するセム系の人々。中東一帯に散らばってコミュニティを保持し、シリア風の独自の言葉を放す、米国内にも一定の規模のコミュニティを持つ