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『忘却症のための記憶』(10)

それでも鳥は血の籠から立ち上がって、わたしにその約束を尋ねはじめる。「わたしは籠の中の開かれた場所にいるのですか?」 わたしはベイルートを通り過ぎて、羽根でできた籠を見る。1980年のことだ。わたしの詩は挑発的で冷笑的だった。わたしはただのよそ…

『忘却症のための記憶』(9)

真空爆弾。ヒロシマ。ジェット機での人狩り。ベルリンでナチ兵士によって征服された残りのもの。ベギンとネブカドネザルの個人的紛争の火花。見出しは過去と現在がごちゃまぜになり、そして現在を急かすように駆り立てる。未来はくじになって売られている。…

『忘却症のための記憶』(8)

この1時間ほど、わたしは友人Zと言葉を交わしていない。かれはあてもなく車をぐるぐると走らせている。「どこにいるんだ?」。わたしたちは互いに尋ねあった。「どこにいたかは知ってるよ」。わたしは言う。「本当のことを教えろ。パイロットの奥さんに何か…

『忘却症のための記憶』(7)

外国人ジャーナリストたちが根城にしているホテル・コモドアで、アメリカ人記者がわたしに質問する。「この戦争の最中に何を書いているのですか、あなたのような詩人は?」 ――わたしの沈黙を書いています。 ――いまは銃がものを言うときだということでしょう…

『忘却症のための記憶』(6)

わたしは愛国的熱情の発作を起こしている。 その一方で、占領された空、海、松の木の山は、原初の恐怖とアダムの楽園からの脱出伝説、終わりなく繰り返されるエクソダスの伝説、に向けて砲撃を続けている。わたしはもう国を持たない――わたしはもう体を持たな…

『忘却症のための記憶』(5)

通り。午前7時。地平線には鉄でできた巨大な卵。だれにこの無垢な沈黙を伝えるべきか?通りは広くなっていく。わたしはゆっくりと歩く。ゆっくりと。わたしはゆっくりと歩く。ゆっくりと。ジェット機がわたしを捉え損ねないように。空虚が顎を開けている。し…

『忘却症のための記憶』(4)

わたしは瓦礫の下で醜くなって死にたくはない。わたしは通りの真ん中で砲弾に打たれて、突然、死にたいのだ。わたしは完全に燃え尽きたい、炭になるまで。小説のなかの虫たちが、その究極の任務をわたしに対して遂行しないように。虫は炭を食べはしないから…

『忘却症のための記憶』(3)

かれらはわたしに恥をかかせる、わたしがかれらの前で恥じていることを知らぬままに。不明瞭さが不明瞭さに積み重なり、自分自身を擦りつけ、そして明瞭さとなって発火する。征服者は何だってできる。かれらは海を狙い、空を狙い、大地を、わたしを狙う。し…

『忘却症のための記憶』(2)

わたしはもはや、この海からやってくる鉄のような唸り声がいつ止まるのかなどとは考えなくなった。わたしはビルの8階に住んでいる。どんな狙撃手だって狙ってみたくなるような、もちろん、海を地獄の源泉に変えてしまった艦隊にしたって同じことだろう、そん…

『忘却症のための記憶』(1)

ひとつの夢が覚めて、またひとつの夢が生まれる――。 ――だいじょうぶ?わかる、生きてるの? ――どうやってわかった、この時間に、おれがあんたの膝に頭をのっけて眠ってることが? ――あなたが、わたしの腹のなかをひっかきまわしたんで、目を覚まされたのよ。…

Memory for Forgetfulness: August, Beirut, 1982 (Literature of the Middle East)作者: Mahmud Darwish,Ibrahim Muhawi出版社/メーカー: Univ of California Pr発売日: 1995/03/01メディア: ペーパーバック クリック: 1回この商品を含むブログ (1件) を見…